豊かなバリアフリー空間。御谷湯の試み

テキスト:
Kunihiro Miki
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墨田区、本所吾妻橋駅から徒歩10分ほどで辿り着く御谷湯は、1947年創業の老舗銭湯。かつては天高く伸びた煙突と痛いほどに熱い湯(最も高温のもので46度以上あったらしい)という下町の銭湯らしさが残る一軒だったが、2015年に行った大幅なリニューアル工事では、徹底的なバリアフリー対応や檜造りへのこだわり、半露天風呂の増設など、利用者にとってより快適で満足感のある場所となることを目指した。建物が5階建てのビル(銭湯施設は1階、4階、5階のみ)へと変わり、かつての姿を懐かしむ常連客もいるようだが、レトロさを失ってもなお余りある魅力や見どころが、現在の御谷湯にはある。

設計を手がけた建築士の今井健太郎は、銭湯の伝統的なスタイルにモダンさを融合させる優雅なデザインに定評があり、池尻大橋の文化浴泉や、学芸大学の千代の湯、千駄木ふくの湯戸越銀座温泉など多数の銭湯で改装を手がけてきた。彼とともに、御谷湯は二代目主人の念願であったバリアフリー化に取り組んだ。その試みの最たるものが、一階にある福祉型家族風呂である。

介護が必要な人(要支援または障がい者手帳を持っている人)とその家族が広い浴室を貸し切って入浴を楽しめるこの浴室は、回転椅子付きの浴槽があるほか、当事者用の浴槽に介助者用の浴槽が連結しているなど、快適な入浴介助のための設備が整備されている。法律上、銭湯の混浴は家族と言えども禁止されているため、当初はサービスを行えなかったが、昨年に許可を得られたという。

床の素材も滑りにくく、また、御谷湯の建物全体がそうなのだが、床の段差は極力排除されている。脱衣所から浴室までもほぼフラットだ。湯は一般向けの銭湯と同じ黒湯温泉で、掛け流し式となっている。風呂桶や壁には檜がふんだんに使われているのだが、質素になりがちなこうした用途の施設だからこそ、このゴージャスな作りは利用者にとって嬉しいはずだ。実際、遠方から利用しにくる常連客もいるとか。料金は1人90分で1,500円。

一般客が利用する銭湯は4階と5階で、各階が男湯と女湯に分かれる。ビル型の天井の低さを逆手にとり、洞窟のような雰囲気に仕上がっている4階と、逆にビル型とは思えない天井の高さが開放的な5階。湯船の種類や内容も各階でそれぞれ異なるものが用意されている。それゆえ男湯と女湯は週ごとに入れ替わり、さらに両階にある薬湯の種類は日替わりで、となれば、いかに銭湯離れが進む昨今とはいえ、常連客の心を掴むに充分だろう。

高い天井と差し込む日差しが清々しく気持ちが良い5階。圧巻のペンキ絵は、名人丸山清人に葛飾北斎の『富嶽三十六景』から『甲州三坂水面』を依頼し、描き上げてもらったもの。湯船は、高温温泉(約43~45度)、中温温泉 (約39.5~42度)、低温温泉 (約25度)と3つの温度に分かれている。さらに大きなガラス窓からスカイツリーが望める半露天風呂、さらに薬湯も半露天風呂となっている。

両階共通で薬湯やジェット風呂、マッサージ風呂、座風呂もある。スーパー銭湯なみの種類の豊富さだ。 

金色のタイル絵が重厚な雰囲気を醸している4階の浴場。湯船は、こちらも高温、中温、低温に分かれたものがあるほか、体温とほぼ同じ約35〜36度に設定され心臓への負担が少ない「不感温温泉」は、長時間浸かれる心地よさと薄暗い洞窟のような雰囲気で、ファンが多い。

 両階とも浴槽には手すりがあり、また、足腰が悪くてもまたぎやすいよう、床から湯船の高さも通常よりもかなり低く作られている。

「低温の湯は高温と違って衛生面がデリケートで、かといって多量の塩素は健康に良くないので使いたくない。毎日の掃除は徹底してます」と、取材を案内してくれた若旦那は語る。しかし、ここまで湯の種類が多く、フロアも複数に分かれ休憩所まであるとなると、日々の清掃は通常の銭湯以上に大きな負担となるはずだが、ここにも御谷湯ならではの試みがあった。

今回の取材はオープン前の準備時間にお邪魔したのだが、掃除専門のスタッフが4〜5人いて、黙々と仕事をこなしていた。銭湯が稼働させる人数としては多いが、実は彼らは、このビルの2階に入っている特定非営利活動法人カラフル・コネクターズという障がい者支援施設に所属している人々だという。銭湯と就労・福祉施設。御谷湯と同法人とのコラボレーションによって、障がいのある人々に癒しを与えるだけでなく、活躍の場も提供しているのだ。

広々とした休憩所。 この場所を使ったイベントなども行われるという
 
 ロッカーや照明にもこだわりが感じられる
 

市井に暮らす人々の憩いの場としての銭湯を、より懐深く、豊かなものにする。御谷湯の取り組みは、これからの街作りに思いを巡らせる上でも、ひとつの指針となりそうだ。

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