日本の民俗衣「BORO」のワールドツアーが盛況、その背景とは

テキスト:
Time Out Tokyo Editors
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『AMUSE MUSEUM BORO World Tour Exhibition 2019-2021』は、株式会社アミューズの主催によって、民俗学者など多様な活動を展開した田中忠三郎(1933〜2013年)が収集した東北地方の古布や着物などの民俗衣のコレクションを展示する。これらの民俗衣は近年「BORO」と呼ばれ、国内外で関心が高まっている。

田中のコレクションはアミューズ運営のアミューズミュージアムに収蔵されていたが、同ミュージアム改装に伴う一時閉館をきっかけに世界各地の美術館から声がかかり、開催が決定した。

本展では、コレクションから約100点を貸し出し、開催先の各館とアミューズミュージアムとの共同のキュレーションのもとで展示する。現在はシドニー、メルボルン、キャンベラを巡回し、4〜5日という短期間の会期にもかかわらず、各都市で4〜6万人という大規模な観客を動員している。今後は10月の北京に始まり、深セン、ニューヨーク、ストックホルム、2021年2月のモスクワまで巡回する予定だ。


BOROとは?

これほどまでに人気を博しているBOROとは何だろうか? そもそもBOROは、「襤褸(ぼろ)」をもとにした言葉で、本来は19世紀から20世紀にかけて東北を中心に農民らが長く着続けるために継ぎ足してきた衣服を指す。

それらは、富裕層の絹を多用した衣装とは異なり、麻を主な素材としてそこに北前船で上方から移入した木綿などを多様な技法で織り込み、縫い継いでいる。これは、東北、特に青森では木綿が生育しにくく、主に麻を素材として布を生産していたという事情がある。明治中期から大正期に入るまで、これらの地域では木綿ではなく麻が衣装の材料の中心であった。

主な技法としては、経糸に麻、緯糸に木綿の裂を織り込んだ裂織、また麻布を長く保ち、暖かさを保つために目の粗い麻布に綿糸を刺して菱形を中心とした文様をつづった菱刺し(あるいは、こぎん刺し)、絞染めなどが挙げられる。

それらの裂布や模様、染めの色彩にはさまざまな工夫が凝らされることもあり、鑑賞の対象にもなった。もともとはこうした民俗衣を指すBOROであるが、実は国内外でのファッション業界で知られて久しい。例えば、1980年代のコム・デ・ギャルソンの川久保玲に始まり、近年では2013年のルイ・ヴィトン、2014年のアルチュザラやmatohu(堀畑裕之、関口真希子)、writtenafterwards(山懸良和)やkeisuke kandaといったファッションブランドが、BOROからインスピレーションを得たデザイン採用している。

BOROの海外人気、その背景とは?

BOROそのものがファッション業界で知られていたように、田中のコレクションも以前から知られていた。例えば、同コレクション中の作品が黒澤明の『夢』の衣装に使用されたり、その一部(786点)は重要有形民俗文化財にも指定されている。しかし、一般に広く知られるようになったのは、近年の都築響一らの著作や国内の展覧会がきっかけであろう。田中のコレクションは、これまでに十和田市現代美術館や神戸ファッション美術館でも展示されている。

だが、本展のように世界各地を巡回できるようになった背景には、国外でこれらの民族衣が、ファッションとしてのBOROだけでなく、本来の襤褸の側面も深く知られてきているからであろう。例えば、『ニューズデー』に掲載されたBOROを出発点としたアルチュザラのコレクションの批評記事では、BOROとは、農民や漁民がその衣服を長持ちさせるという実用的な理由から布を継いで縫った衣服である、とかなり正確に説明している。

BOROへの関心の高まりが、こうした海外で襤褸の正確な理解につながっている。この例に限らず、海外でのBOROは、その本来の意味が着目されたり、エコロジーや技法が取り上げられたりとさまざまに解釈されている。この多様な受容の在り方こそが、本展に多くの観客が惹きつけられている理由に違いない。


「用の美」を間近で鑑賞

上記のような文化的背景のもとで実現した本展には、多様な作品が展示されている。例えば、普段は炉端で着ているものを、寝るときにそのまま寝具として転用した夜着である「ドンジャ」が挙げられる。この夜着は、表裏に麻布と木綿の古布を継ぎ足して、さらに中に麻屑を詰めて布団としている。中に麻屑を入れるのは、上述したように木綿が入手しにくかったという事情が関係している。なかには何代にもわたって寝具として使用され、保温のために布を貼り継ぎされてきたため、13キロほどの重さになる夜着もあるという。

ドンジャ

さまざまな形や色で貼り継がれた古布の見せる色彩感覚はもちろん、麻の詰め物があちこちに盛り上がりを作るデザインは強い印象を与える。しかし、それらの印象が暖をとるという実用性につながることなどを考えると、本展の作品が「用の美」の系譜に連なることにも改めて思い至るのである。

また、メルボルンの展示では、作品と観客の距離が近いのも展示の特徴の一つだった。作品に近づき、その手仕事を仔細(しさい)に見ることでしかBOROの物としての面白さは伝わらない。それは、細部の糸や幾重にも重ねられた布の厚み、補修の痕跡を通して、厳しい環境にあった作り手が端切れをためて作った時間を追体験することにもなる。その意味で、本展は海外のファッションを中心にすることでしか知ることができなかったBOROの実像を体験させる展示ともなっている。

田中は、およそ半世紀以上前に民俗衣や民具の収集を始めた。これほど多くの観客を動員している本展は、それらが古色蒼然(こしょくそうぜん)とした骨董趣味ではなく、現代の我々にとって意味を持つ作品群として評価されたことを物語る。アミューズミュージアムがリニューアルした際には改めて東京での展示が予定されているが、海外での反応を知ることは我々の見方を変えてくれるかもしれない。

『BORO WORLD TOUR』の詳しい情報はこちら

テキスト:佐藤龍一郎

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