インタビュー:マーク・プリチャード

プロジェクトネームから脱し、トム・ヨークらを迎えた新作

テキスト:
Kunihiro Miki
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テキスト:三木邦洋

マーク・プリチャード(MARK PRITCHARD)の名は、1990年代のイギリスから生まれた知的なテクノ作品の中でも屈指の名作とされる『76:14』を作り出したユニット、グローバル・コミュニケーションのメンバーとして知られていることが多いだろう。同ユニットの相棒であるトム・ミドルトンとはリロード名義でも作品を発表しているが、それらのアンビエントでアヴァンギャルドな作風に留まらず、マークは2000年代以降、多くのソロ名義やコラボレーションユニットにおいて多彩な音楽を発表してきた。その作風には、『76:14』を念頭に置いていては面食らってしまうほどの広い振れ幅があり、ダンサブルなテクノやジャングル、ダブ、フットワークから、フォーキーなものまで、よほどコンセプチュアルなマインドの持ち主なのだろうと勘ぐらずにはいられないのだが、2016年5月に発売された新作『UNDER THE SUN』は少々趣きが異なる。

初めての本名名義でのアルバムであり、トム・ヨークやBibio、ビーンズ(アンチ・ポップ・コンソーティアム)、そして御歳73歳のカルトフォークシンガー、リンダ・パーハクスまで、ジャンルも時代も異なるアーティストたちをゲストに迎えた今作。その内容は、大御所映画監督の晩年の一作のような、渋みをたたえた美しさが全編にわたって光る。クラブミュージックからは離れ、静謐なトーンの統一はあるものの、なんとも形容しがたい世界で、これまでプロジェクト的に様々なジャンルを扱ってきたマークという人物の、より根源的な部分がそのまま表現された一作となっている。本インタビューでは、今作の制作過程について聞いた。

 

目の前の音に純粋に反応してるだけだから楽しい

ーこれまで色々なプロジェクトネームを使ってきたあなたが、なぜ今回の作品では自らの名前を冠することになったのか、教えていただけますか。

マーク・プリチャード:前作のEP3枚を出したときに、これからは自分の名前で作品を出そうと決めたんだ。このアルバムの制作に2年かかっていて、その前に3枚のEPを1年の間に出した。そのときから、毎回違うプロジェクトネームを使うのではなく、自分の名前で出すようになった。その一番の理由は、自分が作るいろいろな形の音楽を世に出していくためだった。

それと、毎回違うプロジェクトネームを使うことで生じる混乱を避けるためでもあった。僕は25年間、音楽をいろいろな名義で出してきたけど、考えてみれば、どれも僕のソロか誰かとのコラボレーションだった。だったら、毎回違う名前を使うよりは、いっそ自分の名前を使った方が、「どの作品も僕、あるいは僕と共作者が作っている」ということがみんなに分かりやすいんじゃないかってね。その方が、もっと多くの音楽を世に出せると思ったんだ。一度プロジェクト名と付けると、そこに新しい命が宿るわけで、作品を出す時にいくらそれを宣伝しても、次にまた別のプロジェクトをやってしまったら、取り残されてしまう。今の時代、そうやっていくのはなおさら難しい。ひとつのプロジェクトを宣伝して根付かせるのだって大変だっていうのに、3年ごとにプロジェクトを変えてたら、なかなか浸透しない。もちろん、これらのプロジェクトをやっているのが僕だって知っている人もいるけどね。だから(自分の名前に統一した方が)より実用的だと思った。

今後は基本、自分名義ですべて作品を出して、アートワークで作品ごとの差別化を図っていくつもりだ。そうすることで、僕が作っている様々なサウンドを世に出せていければと思う。たとえば、サントラ風の作品だったり、クラブサウンドの、あるいは、ジャングル、ダンスホール、テクノ、さらにはフォークな作品を次々と出していける。毎回名義を変えるよりは、より速いペースで作品を出せるんじゃないかなと願っている。そのほうが今の時代にも合っていると思う。

ー今回の作品には、なにかあらかじめ音楽的なコンセプトや目標はありましたか。

マーク:クラブミュージックとは関係ない音楽はこれまでも作ってきた。90年代にやったグローバル・コミュニケーションにしてもアンビエントミュージック、サントラ音楽だったしね。それからHarmonic 33にしても、Warpから出したHarmonic 33のアルバム『music for TV and film』は、完全にクラブとは関係ない作品だった。この手の音楽は、クラブミュージックと同じくらい作っているんだ。だから、今回のアルバムを作る際に、先にクラブ系のものを何作か出しておいて、以前からずっと出したいと思っていたこのアルバムに完全に専念しようと思った。決まった音楽的なコンセプトや方向性はなかった。2、3年かけて、過去に作ったものの中でうまく当てはまるものはあるか、新しい曲も書いてみて、どんな作品ができ上がるか、試してみたかったんだ。

当初は、もっと前衛的でエレクトロニックなものになるかと思っていた。よりダークでムーディーな作品になると。でも徐々に変化し、メロディアスなものや、音楽性に富んだものに曲が仕上がったりして、より幅広い感情を作品に反映させたいと思って、メランコリックなものだったり、高揚感のあるものだったりを新たに曲を書き加えていった。そのほうが面白い作品になると思ってね。それに、その前に僕がやっていた音楽とまったく雰囲気の違うものを出したいと思った。

今回は僕が作る音楽の一面に絞ったものではなく、色々な面を反映した幅広い要素を持った作品を出したいと思った。結果的にそうなってよかったと思う。ひとつの決まり事に沿って作るのではなく、開放的で自由に感じたまま作りたかった。音楽を作る時はいつもそうだ。コンセプトをもとに作ることはない。「こうやったら面白くなる」という自分なりのメソッドはいくつかある。でも、「アンビエントな作品を作ろう」といった特定の目標を立てて曲を作ることはない。作っていくなかで、自然とあるべき姿になっていくものなんだ。たとえば最初はジャングルのトラックを作っていたのに、ビートを取り出して、別の要素を加えることで、まったく違う曲になる。そういうことのほうがむしろ多い。きっかけは何かサウンドだったり、シンセサイザーを使って、それが何かに発展するか色々試してみる。僕は目の前で起きることに臨機応変に反応するだけなんだ。それで、曲が幾つかできあがってくると、よりアルバムの全体像について考え始める。でも、曲を作る時は、あらかじめ何かを決めることはなく、試しに何かをやってみて、それが上手くいくかどうかで進めていく。だからこそ面白いんだ。思考とは全然関係ないところで、目の前の音に純粋に反応してるだけ。だから楽しい。

レディオヘッドのリミックスを依頼されたのは嬉しかった

ーアルバム全体で大局的な流れやストーリーがある作品だと思うのですが、そこにBibioやトム・ヨーク、リンダ・パーハクスを起用したのは、どんな経緯があったのですか。

マーク:みんな違う経緯があったわけだけど、Bibioに関しては、あの曲を最初インストで書いて、そのままインストで仕上げようと思ったんだけど、リードパートが必要だと思って、あれに乗せようと考えていたんだ。でも、やっぱりボーカルが必要だと思って、自分でハーモニーを入れてみたりした。それと並行してBibioとは話をしていた。Clarkに紹介してもらって知り合ったんだ。Clarkは友人で、同じWarp所属だからね。自分の音楽を幾つか彼に送って、彼からも送られてきた。そうやってネットを介して連絡を取り合うようになった。で、彼の音楽を聴いているうちに「あの曲のボーカルをやってくれないかな」と思うようになって、彼に聞いてみたんだ。そしたら引き受けてくれて、最初のヴァースとハーモニーを送ってくれて、聴いてすぐに気に入った。ザ・ビーチ・ボーイズに影響を与えたThe Four Freshmenや Hi Lowsといったリッチなハーモニーを彷彿とさせるスタイルが僕も大好きだからね。それが経緯さ。極自然ななりゆきさ。

リンダ・パーハクスに関しては、WarpのA&R担当にドム・フラナガンという人がいて、LuckyMe とWarpをかけもちしているだけど、彼は僕がリンダ・パーハクスの大ファンだって知ってて、「彼女と何か一緒にやればいいじゃないか」と言ってくれたんだ。「できたら嬉しいけど、そもそもどうやって彼女に連絡を取るんだ?」と僕が言うと、彼が「彼女のマネージャーを知っていて、彼女は人とのコラボレーションに興味を持っているらしい」と言ってくれたんだ。そこから1ヶ月、彼女とやる曲のアイディアだけを練って、1ヶ月目でようやく「これ」というものができて、友人にギターを弾いてもらって、ほかのパートを重ねたものを彼女に送った。そうやってできた曲だった。

トム・ヨークの場合は、アルバムに取り掛かる少し前に彼と話をして、彼に「何かやってくれないか」と聴いたら「いいよ」と言ってくれた。アルバムに取り掛かると、いくつか曲の断片を書いて、彼に選択肢として4つくらい送った。「これらを聴いてみて、気に入ったのがあったら歌を入れてくれ」と言って送ったら、結果的に2曲やってくれた。その中の『Beautiful People』を聞いた瞬間、アルバムにぴったりだと確信し、仕上げることにした。もう一つの方は、「後でお互い時間に余裕がある時に改めて仕上げよう」と伝えた。

ーレディオヘッドの『Kings of Limbs』をあなたがリミックスしたものを聴いたときに、あなたとトム・ヨークの音楽性は非常に親和性があるように感じたのですが、あなたにとってトムはどんなアーティストですか。

マーク:リミックスを依頼されたのは嬉しかったよ。結果的に2曲リミックスをしたんだけどね。だから、レディオヘッドの誰かが僕の音楽を好きでいてくれているっていうのは分かっていた。それから、彼がレディオヘッド以外の人とのコラボレーションにも積極的だというのもわかっていた。だから僕からすると、彼もほかのミュージシャン同様、音楽をやるなら、いろんなことをやってみたいと思っている人なんだと思う。色々なコラボレーションもそうだし、当然レディオヘッドの活動も楽しんでやっている。ほかのメンバーもみんなそれぞれ違うプロジェクトを抱えている。僕が知っている多くのミュージシャンは常に新しいサウンドに挑戦して、新しい音楽を作りたいと思っている。彼も同じだよ。それがまた彼らの強みなのだと思う。

健全であると同時に、勇気のいることでもある。僕からするとレディオヘッドは非常に特異な例で、90年代はインディーギターロックバンドだった。そこから、自分たちがやりたい音楽を追求し、『OK コンピュータ』という金字塔的アルバムを出した。エレクトロニックの要素を取り入れるようになった。以降も、彼らは常に新しいことに挑戦し続けてきた。当然、作品を出すたびにファンから「前のアルバムが好きだったのに、なんで変わったんだ」と言われる。僕も経験したけど、僕の場合は違うプロジェクト名を使うことでそこまで深刻ではなかった。彼らの場合はそれをまともに受け止めることになる。『OK コンピュータ』が許せないファンもいただろう。『キッドA』や『アムニージアック』を否定したファンもいただろう。彼らは作品ごとにそれに直面した。僕は違う名義でやっていた分、そういう状況を少しは避けることができた(笑)。だから、彼らはすごく勇気があると思うし、だからこそずっと面白いバンドでい続けることができたんだと思う。成功してもなお、面白い作品を出し続けられるというのはすごいと思う。でも基本にあるものは僕も彼らも変わらない。音楽が好きでたまらなくて、最高の音楽を作りたいと思っていて、新しいことに常に挑戦したいと思っている。

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『Youtube』で聴いたって構わない

ーアルバムの話から離れますが、普段の生活において音楽の接し方は近年で変化しましたか。

マーク:今でもアナログは聴くし、ハイファイデッキを持っている。それと同時に、WAVで音楽を買う。気に入った音楽を見つけたら、まずWAVかFLACのファイルをダウンロード購入しようとする。16bit 44.1khzというCD音質でね。特にCDを買おうとは思わない。むしろ16bitないしは24bit 44.1khzのWAVファイルがあればいい。まずそれで手に入るかを探す。最近『spotify』も始めた。ストリーミングサービスはずっと使っていなかったんだけど、使ってみてなぜみんなが使うか理解できたよ。音楽のライナップの多さにまず驚いた。試しにエクスペリメンタルジャズだったり、変わったアフリカ音楽だったり、レアなものがあるか検索してみたら、レアなものが結構あったのに驚いたし、僕にとってはありがたい。

個人的にはアナログが好きだし、良い音質で聴きたいと思うけど、一方で、いろんな音楽を聴いて楽しみたいとも思う。強いこだわりもあまりないし、コレクターではない。曲から何か感情が伝わってくるものであれば、『Youtube』で聴いたって構わない。実際に『Youtube』で聴いたものに感動したことだってある。そういう経験こそが僕にとっては大事なんだ。

当然、お金の流れ(ミュージシャンに適切な対価が支払われる仕組み)という部分でまだまだ解決されなくてはいけない課題はある。時間はかかるだろうけど、正しい方向に進んではいると思う。

ー日本人アーティストでフェイバリットがいたら教えていただけますか。

マーク:映画監督でいうと、黒澤明監督作品がすごく好きだ。それは僕に限ったことではないと思うけどね(笑)。どの国の人だろうと、彼の作品が後世にどれだけ影響を与えたか、どれだけ重要な作品だったか、わかると思う。あとは、日本のファッションデザイナーも好きだ。気付いたら日本のブランドをよく買っている(笑)。『コム・デ・ギャルソン』とか『ジュンヤ・ワタナベ』とかね。あとは、80年代、90年代の日本のゲーム音楽からすごく影響を受けているよ。日本のミュージシャンでいうと冨田勲だね。

ーぜひまた日本でライブをしてほしいです。

マーク:日本でライブをするのは大好きだよ。東京でのライブはいい思い出のものばかりだ。一度、クラブミュージック以外の曲のDJセットをやったことがあるんだけど、オーディエンスはみんな床に座って、目を閉じて最後まで聴き入ってくれた。立って人と話したりすることなく、音楽の世界に没頭してくれて、僕の意図を完璧に理解してくれた。そこまでしてくれる観客は滅多にない。日本人からは音楽への強い愛を感じる。幅広い音楽に興味を持ち、一度好きになったものはとことん掘り下げる。そういう日本の音楽ファンの情熱が好きだ。もちろん世界中に音楽はファンはいるけど、日本のファンはとことん突き詰めて、勉強する。そういうところが好きだ。だから、いつも日本に行くのを楽しみにしているんだ。

『Under The Sun』の詳しい情報はこちら

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