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インタビュー:村上隆

日本人には私のアートは理解できない

タイムアウト東京 > アート&カルチャー > インタビュー:村上隆

テキスト:Matt Schley
撮影:鈴木心

「日本人には私のアートは理解できない」。この村上隆の発言は、近頃終了したばかりの展覧会『村上隆の五百羅漢図展』で、4ヶ月あまりの開催期間中に30万人以上の来場者を惹きつけたことから考えると、少しばかりショッキングである。しかし、こういったショッキングな発言は、横浜美術館でその膨大なアートコレクションの展覧会を現在行っている伝説的なスーパーフラットアーティスト、村上隆には何ら新しいことではない。

私達は中野にあるBar Zingaroで村上と話をし、中野ブロードウェイでギャラリーやカフェを開いたこと、なぜ欧米の人が彼の作品に対して日本人とは違う見方をするのか、なぜ彼は自分のひげを収集するのかといったことについて話をした。

ー『五百羅漢図展』は日本で14年ぶりの展覧会でした。なぜこれほど期間が空いたのでしょうか?

森美術館が親切にもこの展覧会を開催してくれましたが、私が生きている間ではおそらく最後となるでしょう。問題は、私の展覧会には大きな予算がかかり、日本の美術館がそれだけの予算を日本人の村上にかける価値を見いだせないであろうということです。

ーご自分の展覧会を見に行きますか?

一回展示が終わると、あまり興味が湧かないです。私の会社(カイカイキキ)には、展示やネゴシエーションを非常に得意とする人たちがおり、彼らに任せています。私の興味は常に新しい創造的な時間に自分を埋没させていくことなのです。その意味では、スタジオでアートを制作することが、私にとっての最高の瞬間なのです。

ーそれは横浜の展覧会でも同じでしたか?

コレクション展はまったく別です。収集したひとつひとつに愛着があり、完全に「趣味」なので、喜々として現場で展示を手伝っておりました。

ー私は先週そちらに伺いましたが、膨大なアート作品の量が本当に圧倒的でした。意図的にそのようにしたのですか?

今回は、こうしたコレクションを公にするのは初めての機会ですので、僕の倉庫に入っている状態のままで展示した格好になりました。もっと整理していれば日本の人の心にも響いたかもしれませんが、専門的な批評家から、成金的だと揶揄されました。西洋人と日本人の反応は、いつも非常に異なります。とにかく、「美」と「貧」が同列に意識されています。金は汚いものという固定観念に支配されています。

ーなぜそのように思うのですか?

嫌われてしまう理由そのものを、僕自身が知りたい疑問のひとつです。もしかしたらDNAに焼き付いているのかもしれませんね。

昨日、私はNetflixで『グリーン・デスティニー』の最初の映画を見ましたが、西洋人とアジア人の愛情表現の違いの大きさについて考えていました。アジア人の愛情表現はミニマルだと思います。映画では、チャン・ツィイーが西洋的な方法で愛情表現をしています。つまり肉欲と愛情が合体しています。しかしミシェール・ヨーの場合はそれを、最後の最後までそういう直接的な達成はなく、相手の死の瞬間にかろうじて接吻するだけ。そういう感覚は、DNAとか、そういうことなのかな?と思ったりしました。

ー中野ブロードウェイにジンガロの名前でギャラリーやカフェバーをオープンしました。中野ブロードウェイとはどういうところで、なぜそこを選んだのですか?

中野ブロードウェイは、非常に戦後感があります。とてもアジア的です。日本の60年代、70年代を彷彿させます。オタクの聖地で、まんだらけの店舗が多く存在します。私はまんだらけが大好きで、その近くで仕事をできたら最高だと思ったのです。まんだらけには、古いおもちゃ、マンガ、ビデオゲームなど、たくさんの異なる店舗が存在します。私はただそれらの店で商品を見て回るだけで、何時間も過ごすことができます。

ーほかに中野でおすすめの場所はありますか?

ブロードウェイの真裏には、非常に多くのバーやレストランがあり、とても本格的でありながら値段が安いです。また中野には、青葉という日本のラーメン店トップ10のひとつがあります。このインタビューが終わったら、ぜひ行ってみてください。

ー最初に購入したアート作品のことを覚えていますか?

はい。京都でそば猪口を500円で買いました。それを買ったときには、「あぁ、これを買ったら収集が始まるぞ」と思ったので、本当に神経が高ぶりました。

ーアート作品のほかに収集しているものはありますか?

はい、自分の髪の毛、指の爪、顔ひげ、皮膚などです……。

ーなぜですか?

年を取ると髪の毛が抜けますよね?あと30年程度生きれば、古い髪の毛からDNAを採取して、再生医療で再生できないものかと。というか、自分の死後、生前のいろんな物が残っていて、それを美術館で鑑賞する時に人々の脳裏に去来する感覚を想定して、あれこれ収集しているのです。

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