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東京を創訳する 第13回『日本文化の中のズームインとズームアウト』

文化人類学者、船曳建夫の古今東京探索

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タイムアウト東京 > アート&カルチャー東京を創訳する > 第13回『日本文化の中のズームインとズームアウト』

テキスト:船曳建夫

 

日本について語る時に、伝統と近代性の融合とか、わび・さび、といった概念を使うのは、間違っているわけではないが、たんに聞く方も飽きているだろう。今回は、ここ400年ほどに発展した日本文化の大きな特徴について、”zoom”という言葉で、説明をしようと思う。

富士山、城、力士、「大きなもの」は、小さな島国の小さな人たちにとってのあこがれなのか

日本は小さな島国であるし、日本のラグビー選手を見れば分かるように、日本人は元来、体格も大きくない。しかし、大きなものは昔から日本にはあるし、それは好まれているようだ。いまに残っている人工物で言えば、5世紀には西日本で一辺が1km近くもある長方形の天皇の墓が作られ、東日本では、17世紀に作られた江戸城、いまの皇居は東京という都市の真ん中にありながら、その周囲は3マイルを超すジョギングコースとなっている。自然物で言えば、江戸(東京)の人々にとって、富士山は、町のどこからも見える自分たちのための大きな山(3776m)で、北斎が『富岳三十六景』に描くように、人々はその大きさゆえに愛し続けている。実は、体格も、相撲力士は平均で150kgであり、180kgを超す力士は珍しくない。すでに引退したが、小錦という力士は、275kgあり、その大きさゆえに大変な人気を集めた。

では、これらの「大きなもの」は、小さな島国の小さな人たちにとっての、自分たちの反対のものへのあこがれなのか。それはそれで一つの説明であろう。しかし、日本語を知り、少し注意深い人ならば、275kgの力士のリングネーム、「小錦」が「小さな美」であることに注目するであろう。常々語られているように、日本文化では、繊細さや小ささ、ということも、重要な価値なのだ。小さな彫刻である有名な「根付け」もそうだし、握り鮨一つ一つも小さなマスターピースだし、茶の湯が行われる茶室の室内は、1坪しかなかったりする。

日本文化の中に現れる二つのズーム

日本文化の中に現れる二つのズーム

では、この大きなものと小さなものへの偏愛、という相反する特徴は、どのように共存しているのだろうか。この特徴をもっとも直截に表している文化ジャンルに、浮世絵がある。浮世絵は、「浮き世」という世界の森羅万象なんでも描くのだが、議論の余地はあるが、もっとも人気の高い対象は、先ほど述べた富士山と性器である。かたや大きなもの、かたや小さなもの、とも言えるが、実は重要なポイントは、大小それ自体ではないのだ。北斎などの画家たちは、大きな富士山を、砕け落ちる波のあいだ、あるいは大工が加工している材木のあいだに、ズームアウトさせることで小さく描く。また、春画では、男性陽物と女性陰部をズームインさせることで拡大して、一本の毛まで緻密に描く。さて、この二つのズームが日本文化の中にどのように見られるのか。

盆栽のズームの作用は説明するまでもなく分かるだろう。樹齢数百年の松が、本来は10数mあるはずのところを注意深い育成で10数cmばかりにズームアウトさせているのだが、その盆栽を見つめているとそれはまた、10数mにもなる深山の大木の様子にズームインするのだ。同じく植物では、この数百年来、東京だけでもおそらく十数ヶ所、全国には無数の大名たちが作った数万坪の広さを持つ庭園がいまに残っているが、それは、たんに大きさを示すものかというとそうではない。それもまた盆栽と同じく、日本各地の山や海岸、島など、有名な景色を、ズームアウトさせて小さく作るのだが、その一角をじっと見つめることで、頭の中では数十倍の景色にズームインさせる。

ここ4、500年に確立した日本建築の両極端のパターンである広大な城と小さな茶室の関係も、たんなる大小ではない。敵の将軍を、100万坪もある巨大な城に招いて、1坪の茶室でもてなすのは、敵味方の数万が戦う戦場や城の広さと、将軍二人の人間的なサイズの小ささとを、互いに「戦いという世界」をズームアウト(zoom out)したりズームイン(zoom in)したりすることで、自分たちの力の強大さと自分たちの人間性のサイズを確認し、和解の可能性を探ったのだと思う。

裸の相撲取りは、縮小すると、赤ん坊になる

裸の相撲取りは、縮小すると、赤ん坊になる

ズーミングの働きは、日本の様々な現象に現れる。先ほど触れた、相撲力士、小錦にも日本人は、ズーミングを行っている。アメリカの高名な文化人類学者を相撲に連れて行ったとき、彼は、275kgの小錦を、”Majestic”(威容)と表した。太平洋の研究者でもある彼は、小錦がサモア人の子孫であることを知っていて、彼には王族のような「威容」がある、と感じたのだろう。ところが日本人はそうではないのだ。大きな相撲取りを見ると日本人は、Majesticの反対物とも言える、赤児を連想する。日本人にとっての力士は、いつでも「ごっつぁんです」としか言わない、無垢な人間、その代表としての幼児を連想する。幼児を拡大すると相撲取りになり、ふんどし一つのほとんど裸の相撲取りは、縮小すると、赤ん坊になるのだ。

こうして、演劇や美術、着物の文様など、文化全般にzoomingの働きは見つかるのだが、この推論を確実なものにするために、あえて、意外な例を取り上げよう。鮨である。江戸(東京)から始まった握り鮨とは、誰も気付かないが興味深い点がいくらもあるのだ。発酵食品として始まりながら発酵の要素を少なくすることで、日本全国に広まり、ついには世界大の普遍性を獲得した。ほかにも奇妙な点はあるのだが、それについては、私のタイムアウト東京の連載エッセイを読んでもらうことにして、今日は、そのサイズについて考えたい。

握り鮨を食べる日本人は、口の中でそのサイズを楽しんでいる

握り鮨を食べる日本人は、口の中でそのサイズを楽しんでいる

サイズの奇妙さとは、すべての握り鮨がほぼ同じ大きさであることだ。米の上に乗っている魚や海老の種類による大きさの違いにもかかわらず、単一のサイズである。それゆえにどういうことが起きるかと言えば、200kgを超すマグロは小さく切られ、半インチしかない海老は十数個が塊となり、同じサイズの米の上に乗る。食べる日本人は、たんに味を楽しむだけでなく、巨大なマグロの一部分を口に入れながら、十数匹の極小の海老を一時に口に入れながら、拡大し、縮小し、そのサイズを楽しんでいるのだ。その楽しみはすべての握り鮨のサイズを単一化することが可能にしている。

かくして、盆栽も相撲取りも鮨も、大きさと小ささのズーミングの快楽、という点では日本文化に共通する手法を採っていることが分かる。

東京のズーミングとは、ある一つの都市的な活動が、ある地域に詰め込まれていること

さて、最後に東京観光を少しでも促進するために、その訪れ方の一つを紹介したい。それは、東京で迷子になることである。

前からの大きさの話に続くのだが、東京は現在のところ、人口でもその都市部の大きさでもおそらく世界最大である。それは。訪れる人にとって、必ずしも魅力ではないかも知れない。どこを訪れてよいのか、分かりづらいからである。しかし、次のことは言える。交通機関は地下鉄でもタクシーでも、清潔で正確でその地域のすべてを覆っているので、都市部のどこからどこに行くのでも、平均して20分から30分でたどり着く。そして、その広く、高度に発達した村のような東京は、その構成にやはりズーミングがあるのだ。そのことを知れば、東京探訪の秘訣になる。

東京のズーミングとは、ある一つの都市的な活動が、ある地域に詰め込まれていることだ。ニューヨークのブロードウェイの劇場や、ソーホーのポルノショップを思い浮かべてほしい。実は世界中どこでも様々な理由で、風俗街は、集中しているものだが、東京も例外ではなく、ロンドンのソーホーを何倍も上回る規模の歓楽街が東京にはいくつもある。それは、ここで特に伝える必要はないが、それ以外の様々な活動が集約されている場所が東京にはある。まず、本屋街がある。そこには200近い古本屋が並んでいる。日本語の本はあまり外国人旅行者に魅力がないかも知れないが、料理用品の店ばかり軒を連ねている町はどうだろう。ほかにも、電気街がある、楽器街がある、アニメグッズ街がある、若者の洋服ブティックが数百集まっている場所がある。東京から30分電車に乗ると、盆栽の店やその博物館が集まっている場所がある。もちろん、レストラン、バー、日本式パブが、何百と集まっている街が東京の中に、十は超すであろう。

東京をよく味わうために、迷子になる

東京をよく味わうために、迷子になる

そうした街は他の外国の大都市と比べ、規模の大きさが違う、集約の濃密さが違う。日本の買い物客は、そうした本屋街や、電気街に行き、数多の同種類の店の並ぶ大きな場所に身を置くことで、その規模をズームアウトして楽しむとともに、次にそこをズームインして、一つの店を選んで入る。もちろん、探している古書や、好きなブランドの服を手に入れようとすることは通常のショッピングと変わらない。ただ、ある地域に行き、何万鉢という盆栽の世界に身を置くズームアウトと、そこから一つの盆栽を探し出すズームインとは、ショッピングとは次元の違う楽しみなのだ。

東京でどこに行くのか。そこであなたは迷子になるかもしれない。しかし、それは東京の多様さの楽しみ方かも知れない。あなたが外国人だったら、東京の旅行に関するインフラの整備とスマートフォンと日本人の親切さを考えると、東京をよく味わうためには、迷子になることを勧める。

船曳建夫(ふなびきたけお)
1948年、東京生まれ。文化人類学者。1972年、東京大学教養学部教養学科卒。1982年、ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程にて人類学博士号取得。1983年、東京大学教養学部講師、1994年に同教授、1996年には東京大学大学院総合文化研究科教授、2012年に同大学院を定年退官し、名誉教授となる。近著に『旅する知』(海竜社)を2014年8月2日に発売。サンクトペテルブルグ、ニューヨーク、パリ、ソウル、ケンブリッジ、ロンドンを巡り、今、世の中ではどんな変化が起こっているのか。その変化には実は予兆があったのではないか。そしてその先にはどのような未来が待ち受けているのか。著者が文化人類学者として40年近く地球を旅する中で体感した、20世紀と21世紀をまたぐ、世界の文化と歴史を縦断する旅エッセイ。

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